函館の電車通りにあり、20人でいっぱいになる小さなお店です
ご主人の劉清楽さんと奥さんの二人で営んでいます
完売いたしました
15年間のご愛顧本当にありがとうございました。
フーズすぎはらメルマガ R3.1.13号
「源豊洋行ぎょうざ 劉さんの訃報を悼む」
新年早々、メルマガの本ネタは、スピンオフにて記したいと思います。
通常ご案内しております”当店で扱う美味しい物”の
感想やストーリー紹介とはちょっと異なります。
タイトルにてお察しのとおり、弔事も含みますので。
恐れ入りますが、「美味しい情報だけ」ご希望の方は、
今回は読み飛ばしください。
「呆然自失」
私の仕事初めは、この言葉から始まったような気がしております。
訃報のメールを開封したのが新年初出勤の朝。
その日は起こったことが全く理解できずに過ごしていたような気がします。
当然ながら忙しいのですが、ただ淡々と目の前の仕事をこなすことだけに集中し、
それ以外の時間は、呆然としており全く気が抜けておりました。
あまりに突然の出来事に、ただただ驚き、事実を受け入れることが難しく、
涙を流すこともありませんでした。
出会いは、とある漫画雑誌のコラムに美味しい逸品紹介するコラムがあり、
私は20代の頃から「源豊洋行ぎょうざ」を数回取り寄せておりました。
フーズすぎはらにて美味しい物の取り扱いに携わるにあたり、
**********************************
ここの餃子は、是非、すぎはらで取扱いたい!
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と思い込み、
ダメモトで電話をかけ、仕入れをお願いするものの、
当然ながら”けんもほろろ”。
「じゃあ、とりあえず、数日後におうかがいいたします」…と、
直談判すべく函館に向かいました。
今でこそ、数多くの逸品が揃う「フーズすぎはら」ですが、
15年前のその頃は、「豆太さんの豆腐」くらいしかありません。
それを携え、おそるおそる初めて会う劉さんに差出し、
「この豆腐のような美味しい物を揃える店にしたいのです。
どうかご協力お願いいたします」と(多分熱く)語っても、
劉さんの態度は変わらず、
「そんな簡単にはいかないよなぁ」と諦めかけた時に、
横に居た奥様より、
「ちょっと(餃子の提供を)考えてみましょうよ」と雰囲気が変わり、
「お母ちゃんが言うんやったら、しゃあないわ」と劉さんも態度が軟化、
(彼は、神戸出身なので関西弁です)
あれよあれよと良いベクトルへと変わり、
帰る頃には、餃子をお腹いっぱいご馳走になり、”ルンルン気分”にて帰札。
今現在までご提供するに至っております。
後日、奥様からは、
「何かこのまま手ぶらで佐藤を札幌へ帰してはいけない」と思ったと話していました。
ありがたい話です。
つまりこれが「美味しい物の逸品開拓に携わる」”バイヤー佐藤”の原点です。
…とは言え、最初は、「仕入先vs販売店」との関係です。
ただ、その年の暮れにまたその関係性が変わりましたね。
私は、すぎはらに携わってから毎年行っていることが有ります。
大晦日に最後まで働く、お魚屋さん、お肉屋さんを含むすぎはらメンバーに
その年にお世話になった気持ちを込めて「大福」を渡し、
劉さんへは、感謝の手紙を添え、年末までにちょっとしたお歳暮を贈ります。
恥ずかしながら、本当に15年前は、金銭的にも苦しかったので、
ほんのわずかな気持ちでしか感謝の意を表すことができませんでした。
でも、それを察してか…劉さんは”いたく感激”いただいたようで、
(届いた時の電話口の声が弾んでいました)
数日後に「餃子と非売品のシューマイ」が届きました。
これでまたグーっと私と劉さんの距離が縮まったような気がいたします。
その後私は源豊洋行さんへは、数回寄らせていただきました。
私にとって「函館に行く」ことは、観光ではなく、
劉さんご夫婦に会うことが目的でした。
冗談を言いながらざっくばらんに話をし、楽しいひと時を過ごしました。
(冗談が親父ギャグでは無いのが彼のグッドセンスなのです)
「息子と一緒にうかがったこと」
「メニューの無い、特注のスープを振舞ってくれたこと」
「営業中にもかかわらず、見送りに外に出て、私の乗る市電にご夫婦で
大きく手を振ってくれたこと」など、走馬灯のように思い浮かびます。
私の父の葬儀の時には、夜行列車に乗って参列いただき、
(事前にいらっしゃることは聞いていないので)
「顔を見た途端、私が泣き崩れてしまった」こともありました。
私にとって劉さんは、人生の先輩ですが、失礼ながら、
「ちょっと歳の離れた親友」のつもりでお付き合いさせていただいた
と思っております。約15年の月日ですが、友人の少ない私にとっては、
「かけがえのない深いお付き合い」でした。
仕事初めから1日経ち、ようやく彼の訃報を受け入れるようになった気がしております。
思えば、年末に「お歳暮届いたよ」と本人と会話を交わしていたのですね。
その時の劉さんの「佐藤さん、いつもどうもありがとう」との声が、
未だに耳に残っております。
こんなに早く逝ってしまうことは、本人にとってとても無念でしょうし、
残された者として、
「これから恥ずかしくないよう生きていかなければいなけいな」と思った矢先に
こらえようの無い深い悲しみに襲われました。
翌日奥様へ手紙を書きました。
年末の劉さんへのお手紙を含め、年に1~2回しか手紙を書きませんが、
今年最初が悲しみ深い内容となるのは、思いもしませんでした。
本当ならば、すぐに函館へ向かいたいのだけど、
コロナ渦のおり差し控えて、ご焼香は、
一周忌もしくは三回忌の頃、世の中が落ち着いた頃に
うかがわせていただきたいと記しました。
劉さんは私と違って「元気印100%の方」でした。
私自身、今の悲しみを乗り越えて行くのは困難とも思いますが、
少しずつ笑顔を取り戻していくのが一番の供養と思っております。
最後に、劉さんを知るきっかけとなったコラム記事より、
彼の言葉を引用させていただきます。
「餃子という食べ物は、個々の好みによるタレの調合により、
まるで違う味になります。
私はベースである”作品”を提供しているだけで、
味わい方はお客様まかせ。
フワッと溶ける皮は、粉をブレンドして、
口当たりよく、コシのある作品に仕上げたつもりです」
つまり、彼は”餃子のアーチスト”だったのですね。
本ページ上部でのご案内は、彼の作品の魅力を余すことなく、
お伝えしているつもりです。
享年72歳でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
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